エロゲを技術論的に共有する 続

前回の続きです。カンファレンスが開けないならせめて、webという便利なツールがあるんだからそれで出来ることくらいはしてみよう、というのがこれを書いている目的です。

ということで、エロゲの制作(開発)工程を、

  1. 仕様の決定
  2. プロット作成
  3. 字コンテ作成
  4. キャラクターデザイン、各種グラフィックデザイン
  5. 各種リソース(テキスト、CG、BGM、SE)の作製
  6. ゲームエンジン作製(チューニング)
  7. スクリプト作製
  8. 音声台本の作製
  9. 声優の決定
  10. 音声収録
  11. 音声切り出し
  12. 動作チェック
  13. マスターディスク作成
  14. マスターアップ

と分けたのですが、各工程の内容を見ていきたいと思います。ただし、俺の経験に基づいているので、一般化は目指していますが、実は一般的になっていないかもしれません。後、愚痴っぽいのも混じってます。あしからず。


まずは
"1.仕様の決定"
です。「仕様書はゲームの設計図」という表現がなされますが、エロゲではその通りでもあり、少々違ってもいます。ここでは企画と予算に従って、キャラクター設定、世界観設定、物語のあらすじ(キャラクター毎に物語が分岐するなら、分岐後のあらすじも)、インターフェース設計(メッセージフレームの仕様――セーブ・ロードボタンやコンフィグボタンの有無等――、コンフィグ画面の仕様など。行数や文字数も決める)などのシステム要件、を作ります。ゲームエンジンの選定もするし、CG枚数、BGM曲数、効果音数も決めてしまいます。まあ、CG枚数とかは企画の時点で大まかな数は決まっていると思いますが。
この段階からシナリオライターが参加している場合は、キャラクター・世界観・物語の設定はシナリオライターが行います。インターフェース回りはディレクターやプログラマ関係の人がします。インターフェースは「前と一緒で〜」で済ませることも多いです。そしてエロゲでは忘れられがちですが、もっとも重要なゲームデザインを決めるフェイズでもあります。が、得てしてここではスルーされて、シナリオライターがプロット作成時に選択肢とシーン配置を駆使することで、ゲームっぽさを出すことになります。あるいは「このタイトルは、ゲームを捨てる!」と決断したり。


"2.プロット作成"
決定した仕様に従い、シナリオのプロットを作ります。シナリオライターが、キャラ設定、世界観、あらすじを実現するために必要なシーンを考え、適切な順番に配置していきます。シナリオライターにとっては事実上の設計図であり、もっとも頭を悩ませる作業です。物語の展開の仕方に幾通りかある場合は、どのように分岐していくかも決めます。分岐を模式的に示したフローチャートを作ることもあります。
この時点で、システム要件を詰めていく人たちと分業していきます。そして、シナリオライターシナリオライターたる由縁の作業工程と言えます。
プロット、とは物語の展開を書いただけの物ではありません。そのシーンの目的(例えば、ヒロインが主人公に恋心を抱くシーン、等)を示し、そのために起きる出来事を書き、そこでのキャラクターの対応、感情変化の流れ、等を書いていきます。そこまで書くと、実際にテキストを書いているのとあまり変わらない時間が掛かったりするので、いい加減な書き方で済ませることもしばしばです。特に他人に書いてもらうことが無い場合は、分岐構造と展開さえ忘れないようになっていれば、書くべきことは自分の頭の中にありますから。
プロットを読みやすくするために、ファイル名(シーン番号のような物)やシーン名を書いたりもします。でも一番大事なのは、「次にどのファイルへ飛ぶのか」だと思います……


"3.字コンテ作成"
これも基本的にはシナリオライターの作業です。プロットを元に必要なCG(イベント絵や背景、立ち絵)の内容を決めます。内容というのは、絵に入るオブジェクト(人物、建物、小物など)はもちろん、簡単な構図やレイアウトも指定します。特にイベント絵については、使用箇所を考慮して光源位置や効果も書いておきます。逆に、雑誌露出を考えて、キャッチーなイベント絵を指定できるようにプロットの段階で考えることもあります。CG枚数は仕様で決まっているので、どのシーンにCGを割り振るかも頭の悩ませどころです。場合によっては、字コンテを元にレイアウトをラフ絵に起こした「絵コンテ」も作ります。この絵を描く人は原画家とは別の絵描きのことが多いです。ついでにBGMの指定もここに含めておきます。でも経験上、この時点でBGM担当が決まっていることはまれです。どうよ。


"4.キャラクターデザイン、各種グラフィックデザイン"
キャラクターデザイン担当(エロゲの場合、原画家が担当するのが一般的)が、仕様に従ってデザインを起こす作業です。通常、仕様の決定と同時に発注が掛けられ、プロット作成や字コンテ作成とは同時進行に行われます。
キャラクターの配色を決めたり、着色の方向性を決めたりもします。その決定には、ディレクター、シナリオライター、グラフィックチーフ、原画家の意見が取り入れられます。プロップ(小道具やアクセサリー)は、キャラクターに依存する物はキャラクターデザイナーが、建物など世界観に依存する物は……参考になりそうな資料を(主にシナリオライターが)探して来て、背景を描く人に渡して、デザインしてもらいます。原画家がイメージボードを書いたり、世界観設定にまで口を出すような場合は……俺はなかったので、よくわかりません。
また、メッセージフレームやコンフィグ画面のデザインも、仕様に従って行います。こちらも専門のグラフィックデザイナーがいたりします。


"5.各種リソースの作製"
ここまでに決定した事に従って、実際にゲームで使用するデータを作成する作業です。シナリオライターはプロットに従ったテキストを作り、原画家はコンテに従った線画を描き、グラフィッカーはコンテに従って線画に色を塗ります。ここから本格的に分業体制になります。チーフ以外のグラフィッカー、メッセージライターは、このフェーズまで基本的に(雑務以外)仕事はありません。
各作業が進行するにつれ、逐一ディレクターの確認作業が入ります。CG関係については、シナリオライターも指定した側として、シーンのイメージと合っているかを確認します。
ユーザーから見て、もっとも"ゲームを作っている"と感じる部分ではないかと思います。シナリオ側の人間としては、仕様決めとプロット作成が一番"ゲーム作り"を感じる部分ですが。


"6.ゲームエンジン作製(チューニング)"
ゲームエンジンを仕様に従って作製します。プログラマの仕事ですが、ワンオフものであることはまずありません。タイトル毎にチューニングする程度で、その手間さえ減らすべく、細かい仕様はタイトルは過去タイトルから変えないことも多いです。一行文字数や画面サイズ等です。
'ゲームエンジン'というのは、CG・BGM・SE・テキストデータなどを制御して、ユーザーがマウスやキーボードを通じてゲームソフトを操作できるようにする、プログラムです。……あまり上手く説明できた気がしません。マウスを左クリックしたら次のメッセージが表示される、サウンドが鳴る、CGが表示される、立ち絵が切り替わる、ということをコンピュータにやらせる物……やっぱり上手く説明できません。


"7.スクリプト作製"
作製されたテキストに、ゲームエンジン用のスクリプト命令(簡単なプログラミング言語の様な感じ)を追記する作業です。スクリプターと言われる人がしますが、シナリオライターやメッセージライターが兼任することが多いです。
前述のゲームエンジンが、マウスを左クリックした時にメッセージやCGを表示するプログラムであるのなら、スクリプトは、その表示されるメッセージやCGがどのデータであるか、を記述したプログラムです。メッセージ表示、CG表示、SE,BGM再生の各タイミングが書かれた物、という表現だとわかりやすいでしょうか。非常にプログラムソースに近いものですので、プログラミングに縁のない方には想像しにくい物かもしれません。映画や演劇の台本(芝居の仕方や状況説明などのト書きが入った物)をイメージしていただくと、スクリプトとその結果の関係がわかるのではないかと思います。画面が揺れたりフラッシュしたり、拡大や縮小、回転するなどのエフェクトは、スクリプトに指定が全て書いてあります。ユーザーがエロゲから受ける印象の多くが、ここに依拠しています。どのようなエフェクトを使えるかは、ゲームエンジンに依存します。
ただし、この指定を入れる際に全てのリソース(データ)が揃っている場合はまれです。コンテを信じてコマンドを打ち込むのみです。


"8.音声台本の作製"
ゲームに音声が付く場合には、キャラのセリフを声優さんに演技してもらう必要がありますので、それようの音声台本を作成します。うちではスクリプトを加工した物をプリントアウトしていたので、加工用のツールを扱えるディレクターかプログラマーの仕事でした。
プリントアウトされた紙は平気で一万枚は超えるので、プリントミスや打ち出していないシーンがないかをチェックしますが、これは手の空いているスタッフみんなでします。台本に抜けがあると必要な音声がなくなるわけで、後から声優さんやスタジオのスケジュールを延ばすのはお金が掛かるわけで、必死です。でもあまり手間は掛けられません。マスターアップの二ヶ月前にはこの作業に入っていないと、収録現場の空気が嫌な感じになる気がします……。音声が入ることは仕様時点で決まっていますので、テキスト作成時に声優さんへ演技の指示を指定しておくこともあります。「あははは」という笑いセリフに「泣きながらお願いします」みたいに。


"9.声優の決定"
この工程をここにしたのはなんとなくです。いつ決めるかも、決め方も、メーカー、ブランドによって千差万別でしょうので、いつ行われるとも言えません。俺の経験ではテキスト完成後にオーディション(テープオーディションですが)をしていました。オーディション用の音声台本を作ったこともあります。キャラクター設定時に声優さんの腹づもりをしておくこともあります。色々です。ほんと。……懇意にしている声優プロダクションがあることも、結構多いような……


"10.音声収録"
スタジオで声優さんに芝居をしていただき、それを収録します。声優、レコーディングスタジオ、エンジニア、音声ディレクターが関わる作業ですが、それらの手配は、音声制作を依頼したプロダクションがしてくれます。契約によりますが。
シナリオライターが立ち会い、演技の方向性を音声ディレクターと共に決めていくこともあります。あまり口出ししなくても、立ち会っているだけで、音声ディレクターや声優は安心するようです。ただ、シナリオライターとしては、少なくとも最初の一回目は立ち会うようにします。キャラクターの声を決める作業があるからです。


"11.音声切り出し"
非常に地味かつ、わかりにくい作業ですが、音声のあるゲームでは重要な作業です。最近の音声就労はHDDレコーディングなのですが、収録された音声は一つの(あるいは複数の)巨大なファイルの中にあり、ゲームエンジンがデータとして扱うためには、その中からセリフ毎にファイル化する必要があります。メーカーのフラグシップ的タイトルは音声数が1万5千を超えますが、それらを一つ一つ、音声台本に書かれたファイル名を付けて分けていきます。レコーディングスタジオのエンジニアがすることもあれば、声優さんがバイトですることもあるそうです。俺は実務としてやったことはないので詳しくありません。


"12.動作チェック"
デバッグ、テストプレイなどと言った方がわかりやすいかもしれません。各種リソース(CG、音楽・音声関連、スクリプトなどのデータ)を、ゲームエンジンに乗せて、ベータ版のできあがりです。CGや音楽ができあがるのは制作の末期ですので、ダミーファイルを乗せてアルファ版をチェックすることもあります。
ちなみに動作チェックは、色んなフェーズでされることがありまして、一概にどこでする、とは言いづらいです。音声台本の前にもアルファ版チェックが入ることもあります。音声収録後にシナリオ的な矛盾が見つかったりすると……涙。
スタッフみんなですることもあれば、専門の業者に委託することもある作業です。


"13.マスターディスク作成"
各種動作チェックを乗り越え、問題無しと判断されれば、プレス工場に渡すマスターディスクを作ります。これの複製品がユーザーの手に渡りますので、ここでもチェックが入ります。インストールやアンインストールの動作チェックなどです。


"14.マスターアップ"
感無量です。長きにわたる開発工程の終焉です。バイク便や各種手段を使って工場にディスクを届け、開発スタッフの仕事は終わりです。ただし、ディレクターやプロデューサー、外向けの作業をするスタッフは、ここからが本番と言えます。
……俺は最近のデッドエンドが分からなくなっています……発売日のひと月前には上げなきゃならないと思っていたんですが、今は2週間前でも平気みたいです。プレス技術の向上によるものなのかしら。



以上、今回は各シークエンスの作業内容を概要的に書きました。次からは俺の実作業経験を元に、具体的な作業について書きたいと思います。ようやく本題に入れそうって感じです。笑。