『さくらシュトラッセ』(ぱれっと)ぷち感想

なんか目覚めそうです。パツキンロリに。ルゥリィを見ていると。くすくす氏の金髪美幼女は破壊力満点だなぁっ!!

ではなく。

さくらがわシュトラッセ……でもなく。『さくらシュトラッセ』、マリールート、かりんルート、ルゥリィルートまで終わりました。最後にデザートのゆー姉を食べるだけです(下品)。姉属性が強いですし、俺。しっかし、メインヒロインルートからクリアするなんて、今回は珍しいことをしたものです。俺的に。

購入動機はくすくす氏の絵でした。氏の、白くてふわふわの、マシュマロみたいな線と塗りが以前から好きで、他に優先度の高いタイトルがなかったのが決め手でした。そういう絵買い的には、今回のぱれっとさんの塗りは、俺が求めるくすくす分が不足気味ではあったのですが。

背景がしっかり描けていて(美術設定で世界観を表現しているのは、さすが草薙……いやもちろん他のスタッフ方もです)、スクリプトでの表現も豊かであるだけに、BU塗りの素っ気なさが気になりました。……よくよく見つめると、主線を強く残した塗り方が気に入らないだけかもしれない、気がしてきましたけど……
演出面では、ガヤ音声の使い方もツボでした。手間だったでしょうねぇ。

さてさて。
攻略的はキャラ選択をターゲットに絞るだけでしたので(特殊ハーレムルートでも無い限り)、ゲーム構造的には見るべき所はありません。演出面でも、リソースとスクリプトに手間暇かけた力技で特筆すべき点もなく。前述通り、細かく指定されているし、表情指定にも一貫性があってキャラ性を出せていて、そこも良い点ではあります。
でもまあ、一番気になるし、語りたいのはシナリオ的なことですよね。
3ルートを終えて感じたことは、今日の表題にもある通り、「優しさ」です。主人公が座右の銘にしている「美味しい物を食べれば、誰だって幸せになれる」という言葉の通りに、作品全体に桜色の優しさが感じられました。それと「別離と再会」です。これは王道の物語構造を取っているからとも取れますが、それぞれが発動するメカニズムが世界観の枠内にあって好ましいのです。人物が取る行動や、その結果起こる出来事が、それまでに提示されていた人物像に適っていることが、いかに作品世界にとって大切か、改めて思い知りました。
キャラクターを中心に、その関係性を描いていく物語にとって、キャラクターの行動は作品の全てに等しいです。そこに一貫性を欠くことは、作品が破綻しているのとニアリーイコールです。必要最低限でもありますが、優しさに満ちた『さくらシュトラッセ』という世界の中では、登場人物の一貫性がより浮き彫りになって見えました。厳しく接する中にも愛情を込めてやまない義姉の優佳、おバカだけど純粋な衝動に突き動かされている幼なじみのかりん、気まぐれで無愛想などこまでも猫々しいルゥリィ、お調子者で間抜けなドアホで欲望のままに生きるクラウディア(だけど手下思いで、でもやっぱり欲望一直線)、色んな意味で弄りたくなる天然いじめられっ子クリス、そして思いこみとボケが激しくてとことん頑固なメインヒロイン・マリー。彼らが抱えているものはとても素朴で、だからこそ本人にとってはかけがえのない思い。それは主人公が亡き父親から継いだ「美味しい物を食べれば、誰だって幸せになれる」という言葉にも表れています。大切な気持ちが踏みにじられようとしたとき、彼らは嘆き、膝を屈しそうになります。他人から見れば些細なことでも彼ら自身には全てであるから。それを支えるのも、隣人のかけがえのない思い。それを受け取ることで、彼らはまた立ち上がっていきます。マリールートには、この作品に込められたそういう思いが、たっぷりと詰まっています。主人公の願い、マリーの思い、クレメント姉弟の強さと優しさ、『さくらシュトラッセ』で語られるべきことが、語られていました。ネタバレになるかもしれませんが、マクロス7が歌うことを最後まで押し通したように(わかりにくいですか、そうですかorz)。
残念なことに、主人公が抱える優しさをマリールートで発揮したからか、かりんとルゥリィのルートでは出し切れていませんでした。特にルゥリィは作品の説明的な立ち位置が強く、ストーリーその物に心を揺り動かされる度合いは他より強かったものの(俺がこういう話を好きって理由だけで)、主人公自身のテーマは消化不良でした。残った優佳ルートがどうかはまだわかりませんけれど。
けれど。
けれど優佳ルートも、きっと優しい物語なのだと思います。彼女が抱えている情愛の深さから、そうである以外の事が思い浮かびません。

そうであるからこそ、俺はこの作品をすぐに忘れ、過去のものとするでしょう。春風が頬を撫でて去っていくように。快い風が吹いた、と思うだけで。厳しい冬を乗り越えて迎えた、木々の芽吹きを見た時ほどには、感動を覚えないでしょう。後々まで残るほど抉られた傷が、痕になるほどの強さと優しさを、『さくらシュトラッセ』は持ち得ていません。今日見る桜は今日限りのものなのだ、などという感傷を、俺はきっと持たないでしょう。
それはつまり『さくらシュトラッセ』が、俺にとっての「かけがえのない何か」を、俺はこの作品から受け取ることができませんでした。そのような「何か」を、サブカル的なものに求めることが間違っているという意見もあるでしょうが、とにかく俺には、『さくらシュトラッセ』から何も受け取れなさそうなことだけが、悲しいのです。



でも一応。とても心に残った言葉があります。

「次はイタリア抜きでやろうぜ」

やはり元ネタはコレでしょうか。激しく笑いました。そんなに有名なネタなのかと。本作は"元ネタ集を作るか!?"と思わせるくらい小ネタが多いのですが(それの大部分を理解しているだろう俺もどうかと思いますが)、中でもコレが群を抜いていました。個人的には。マニアック度もナンバーワンじゃないかしらん(それが分かる俺スゲー、って自慢してるだけですがw)
このネタ、Tシャツ以前の元ネタ知っている方がいらっしゃったら、ご一報ください。